世界の終末への序曲(注:大げさ)

最近、フィルムカメラが流行しているそうです。デジカメ全盛、なんだったらもれなくスマホに付いてくる時代に、現像するまで何が写っているか分からないというアナログ感が受けているそうです。

少し前から、アナログ盤(レコード)も流行しているという話も聞きました。

 

今の若者たちが、古いアナログな機械に憧れる気持ちって、なんなんでしょう。

郷愁・・・ではないですよね。それを知らない世代なのですから。

何がどう動いているか分からない電子機器より、目で見て、指で触って、音を聞いて、動いていることが認識できる機械装置への親近感?

 

…ちょっと話が飛躍する気もしますが、手塚治虫の作品「火の鳥 未来編」にて、高度に文明を発達させ、宇宙へ進出を始めた人類がある日突然一斉に気力を無くし、郷愁に駆られて地球に帰りたがり、文明の発達も止まり、衰退に向かうという描写があります。

そして政治や裁判などの判断をすべてスーパーコンピュータに任せた挙句、核戦争が勃発して一夜にして世界が滅んでしまうという内容でした。

 

FIRE や Quiet Quitting を目指し、仕事に対して無気力な人間が増えました。

最新のガジェットより古い装置をありがたがる人が増えました。

そして最近、やたらと AI 云々というニュースが溢れていますよね。最近も、文章で指示を与えるだけで絵が出来上がるというAIお絵かきソフトが話題になっていましたよね。

 

手塚治虫火の鳥で描いた終末に似ている気がしませんか。

 

…冗談です。本気で、これが世界終末の予兆だとか言い出すつもりはないです。

それに、火の鳥の前にターミネーターの時代がまず…あ、最近自律航行型のドローンとか無人戦闘機とか言われてますね。

あ、あれ・・・?

 

ま、まあリアルなサイエンスフィクションは既存のテクノロジーに少し何かを上乗せしたものを出すのが定番ですから、結果として近未来を先取りしたような内容になるのは当たり前です(よね?)

 

今の若者が古い機械に憧れるのは、物珍しさからじゃないかと思います。

敢えてひと手間が必要になる不便さ、デジタルにはない、撮れる画、奏でられる音に乗る独特の癖。そういったものが物珍しく、興味を引くのでしょう。

若者の知り合いがいないので、多分としか言えませんが。

 

私が古いものをありがたがるのは郷愁ですけどね。もう老害でしょうかね。