実は呪われていたのかも

告白(?)から一夜明けて、今日が休みの日ということもあるのでしょうが、自分の未来が大きく変わったという実感が未だ沸かないままです。

もう年末頃には仕事をしなくなり、20数年間毎日顔を合わせていた人たちと会うことも無くなるのでしょうが、ひょっとしてこのまま永劫に変わらないんじゃないかという感覚もします。

未だ明確なロードマップが見えないためでしょうか。

 

話をしたばかりなので、今後誰が異動してくるとか、引き継ぎだとか、何も決まってません。その前にどこまで話が伝わったかもよく見えません。

具体的な話しは週明け以降進めることになりますが…ううう、既にお腹痛い…

 

それにしても我ながら情けないなと思ったのは

「これこれこういう理由で、『すみませんが』辞めようと思ってます」

「大変な時期に『すみません』」

「本当に『すみません』」

どんだけ謝ってるんだ…

 

職業選択の自由憲法で保証されており、しかも社内規定に則って退職の手続きを進めているわけですから、誰にも謝る必要など無いはずです。

極論を言えば、「退職の理由」だとか「今後どうする」なんて、一切答える必要すらないわけです。

ないわけですが…まあ…

そこはやっぱり、全体意識の強いじゃぱにーずびじねすまんですから。

 

ただ、たとえ「FIRE」を知らなくても、貯金がなくても、今の職場で今の仕事を定年まで続けるのは、もう私には無理としか思えません。

仕事量は毎年増え続け、人員は20年ぶりに一人補充されただけ。

おまけに、部下(ではないけど)の育成という仕事。これがとてつもなく私には荷が重かったです。

もともと人付き合いが苦手な上に、後輩なんて長年いませんでしたし。

 

『FIRE』という言葉は、私に人生の選択肢を一つ増やしてくれたものでした。

それまでは「辛くてもしんどくても定年まで仕事を続けるしかない」「中途で辞めたら再就職先もなく、人生の終わり」と、半ば本気で信じていました。

自分の人生なのに、選択肢が無いと思いこんでいました。

ところが「これだけお金を準備すれば仕事がなくても生きていける」「こういう生き方をすれば人生は終わらない」と示してくれたのが『FIRE』という考え方でした。

3年前、『FIRE』に出会っていなければ、そこで自分の人生を見つめ直していなければ、私は本当に病んでいたかもしれません。

 

思い返してみると、私が仕事をしていた部署は退職者がとても多かったです。

私が入社した直後に入った二人ほどは相次いで1年前後で退職。5年目くらいに部長をしていた方はやはり退職。

そして私が辞めたら…私の先輩は部署異動ですが、逆に言うとこの人だけです。今までで辞めてないの。

あ、呪われた仕事だったんだ…

後輩くん、辛くなったら我慢せずいつでも逃げ出せよ。